軽井沢の大賀ホール

音楽の地産地消

「ドイツ語の呼吸でないと、本当にはバッハは弾けないのです」

電話口でそう語るのは、音楽家でありピアニストを伴侶にもつ音楽プロデューサーだった。親子ほども歳が離れながら、友人として気軽なお付き合いをいただき、音楽の分野で数々の興味深い話を聞かせてくれる。

さて、ドイツ語の呼吸の話は、伴侶のピアニストのこと。バッハコンクールで受賞した経歴をもつ彼女は、今もなおバッハの音楽の追求に余念なく情熱を傾けている。日本人である彼女にとって、ドイツ語の呼吸は自然にできることではない。となれば、

「体調が悪いと呼吸が止まってしまうような苦しさがあって……」

ということになり、相当に厳しい鍛錬を重ねた上での演奏であることは想像に難くない。そして、その気迫は素人の私にも十二分に感じることができる。

そしてまた、バッハの音楽がドイツ語の呼吸でなければ本当には再現し得ないということも、ピアノについては趣味の領域から出たことはなくとも理解できるような気がしている。

 

音楽は「音」によって構成される。非常に乱暴な言い方だが、音をいかに並べいかに奏でるかによって音楽はそれぞれの個性を獲得するのではなかろうか。そして、この営みは、自動生成の音楽でない限りは人が行うことになる。自動生成の音楽ですら、それをプログラミングするのは現時点では人である以上、そこには人の個性が反映されるのかもしれない。

この時、人は何をもってこの仕事にあたるかといえば、結局のところ「言語」が重要な要素の一つではないかと思っている。音の並べ方を考えるにも、言語によって音を把握し、言語によって配列を決定する。いかに奏でるかを考えるにも、言語によって表現を模索し、動作を決める。

一連の過程には、常に言語による思考が走っているのではないかと推測、いや、憶測程度に考える。

いかに直感的な音楽であっても、そこには必ず思考があり、言語が走る。極端な例を挙げれば、トランス状態に陥ってドラムを叩く演奏であったとしても、そこに至るまでには思考を生成する言語があり、言語によって生成された感覚も直感の中には存在するはずであろうと考える。

言語が音楽をつくる。

一見すると言語と音楽は、論理と直感という相反する一面があるにせよ、また別の面においてはそれもまた真実であろうと思わざるをえない。

 

このことを頼りに、平凡な素人として音楽を鑑賞する立場から一つの楽しみ方が見出されるように思う。

それは、その音楽の創り手が用い、その音楽を支える言語を生成した場所にあってそれを聴くことである。大雑把に言えば、バッハであればドイツ。ジャズについては米国か。ただし、地域は限定されるかもしれない。

このことは実はドイツ語や英語といった大きな括りでの言語のみならず、それぞれの音楽とその創り手の感性を育んだ土地の風土が密接に関連していると思っている。

というのも、言語は各地域においてその風土から生み出されるところがあるらしい。例えば、雪の多い地域では雪に関する単語が多く、そうでない地域のそれに関する単語は極めて貧弱となるという。気候や、それに依拠した暮らし、そこから生じる習慣など、その土地の性質に応じた言語が形成されていくということだろうか。

さらにいえば、単語レベルではなく、言語の間合や響きも同様にその土地の風土を反映しているように感じられる。厳しい風土の土地では言葉は荒かったりする。寒冷な地においては、人は言葉少なになるかもしれない。気候の穏やかな土地にあっては、えてして言葉は緩やかであろうか。もっとも、これもまた多数の例外とともに憶測の域を出ず、思い込みかもしれない。

それでもなお、言語とは、つまりはそれの生成された土地の風土の写身であるのではなかろうかと思われてならない。そうだとするならば、言語によって支えられる音楽もまた、その土地の風土をもって生まれているともいえるのではなかろうか。

 

このことに思い至ったのは随分と前のことで、軽井沢に移住してまもなくのことだったと記憶している。

信濃鉄道で長野市に出かけた時のことだっただろうか。閑散としてほとんど乗客のない車内で、私はイヤホンで音楽を聴いていた。首都圏に育った頃から、列車内では音楽を聴き、本を読むのが習慣となっている。が、あちらと違って、信濃鉄道の車窓から望むのは浅間山のなだらかな稜線だったり、広々とした畑や水田に点在する樹林、あるいはアルプス山脈の遠景だった。それを眺めながら、なんの気なしに選んだ曲は久石譲のジブリ映画の音楽だった。

かねてより、久石譲の音楽は聴いていたものの、この時ほど、かの音楽が鮮やかに生き生きと響いたことはなかった。例えていうならば、畑で採れたばかりの野菜をその場でいただくような、鮮烈なみずみずしい印象だった。その後、あれこれと試してみた結果、それが久石譲の生まれ育った信州の風土の中だからこそ、その感性が際立ったのではないかと思うに至った。

 

また、サザンオールスターズも、長きにわたって聴いてきた音楽のひとつ。祭りのハレと日常のケが共存するようなその音楽は、横浜や東京に暮らした頃には楽しくも時に心に沁みる、独特の力ある音楽と感じていた。が、どうしたことか信州の地に聴くとき、その力のなさを感じざるを得なかった。

このことは、軽井沢から湘南地方に向かう自動車内で聴くことによって、なおのこと明らかに感じられる。軽井沢を出発当初は、遠慮がちで、引き気味に響くような感覚すら覚える。が、関越道から圏央道を南下する頃、その音には生気が兆し始める。やがて湘南地方に入ると、音は鮮明に元気よく鳴り始める。

気のせいかもしれない。が、そうとは片付けられない何かを感じる。現在は東京を拠点に活動するサザンオールスターズのメンバーではあるにせよ、その言語や感性の基礎には間違いなく湘南地方の風土があるのかもしれないと妄想してみる。

 

そういった次第で、その音楽の創り手の感性、ひいてはそれを支える言語を生み出した地で聴くことで、自ら演奏することを能わない鑑賞者であってもその音楽をより鮮やかに生き生きと感じることができるのではないかと思っている。その音楽のルーツとなった土地の風土、あるいは波動のようなものと共鳴するのであろうか。それは、野菜の生命力を減殺することなく味わうことのできる地産地消のようなもの。いわば音楽の地産地消なのかもしれない。

とは、音楽のプロの方々が聞けば噴飯ものかという、音楽にさほどの造詣もない素人の独り言のようなもの。

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