二手橋

あえて江戸時代の軽井沢を描いた小説『闇夜の雪』

現在、Amazon Kindleストアで発売中の『浅間山ろく玄鳥記1 闇夜の雪——あんやのゆき』ですが、このところ、読者の方からのレビューもいただいて嬉しい限りです。

地元の方は、

ぜひ読みたいけど、電子書籍は読めなくてね。紙の本を待ってるよ!

とおっしゃってくださる方も多いのですが、中には、読んでくださって、

非常に面白かった!地元がこうして舞台になると、とても新鮮!!

そういえば、こんな方言、ご高齢の方が使っていたのを思い出した!

などいったご感想をいただくこともあり、貴重なお時間を割いてお読みいただいた上に、レビューやご感想までいただいて感謝のほかに言葉もありません。

本当にありがとうございます!

さて、この『闇夜の雪』に始まる『浅間山ろく玄鳥記』シリーズは、江戸時代の軽井澤=軽井沢・沓掛=中軽井沢・追分を舞台にしています。

軽井沢といえば、明治期以降の瀟洒な別荘地。なのに、『闇夜の雪』の舞台は江戸時代の軽井沢界隈というわけで、不思議に思われている方もいらっしゃるのかもしれません。

飯盛女(遊女)がたむろい、たちの悪い雲助がうろつく繁華で猥雑な宿場町。それが江戸時代の軽井沢界隈です。美しくて清浄な別荘地というイメージの軽井沢ですから決して清浄ではない、むしろその真逆である軽井沢を、ある程度の史実に従って描くことはタブーですらあるのかもしれません。

それでもなお、なぜ、『浅間山ろく玄鳥記』では、軽井沢の小説の舞台を江戸時代に設定したのか?

そのことについて、書いておこうと思う次第です。

 

江戸時代に、軽井澤は、沓掛、追分とともに、中山道の宿駅として往来の人々で賑わい、浅間根腰の三宿として知られていました。

ちなみに、それ以前には、東山道という街道が通っていたともいわれていますが、それが浅間三宿を通っていたかどうかは、今もって定かではありません。いずれにしても、軽井澤=軽井沢、沓掛=中軽井沢、追分=追分、という今に通じる町の形が整ったのは、江戸時代に中山道が開通し、宿駅を置くことが幕府によって定められた時であると考えられています。

となれば、やはり、軽井沢、沓掛、追分の町の原型は、江戸時代初期に形成されたということになります。

浅間三宿が、江戸時代から現代にまで通じるのは、町の形(行政区画)のことばかりではありません。宿場町というのは、元来は公用の荷や人の運輸を担う宿駅のお役目に付随して形成された町です。

宿駅とは、公用の文書や荷の運搬、公家衆や武家衆の往来を担うことを主眼として設置された、公的な性格の強い施設である。軽井澤・沓掛・追分の、いわゆる浅間根腰の三宿もそれであって、当時、各宿駅ごとに馬五十頭・人足五十人を常備することが幕府によって定められていた。

(浅間山ろく玄鳥記1『闇夜の雪』より)

けれども、宿駅の業務だけでは、そこに携わる人々の生計を維持することはできません。そこで、宿場町では、旅籠屋や茶屋を営み、その利益をもって暮らしを立てていました。つまり、宿場町では、外来の人々を迎え入れ、旅籠屋や茶屋でその旅路の世話をし、送り出すことが主要な産業となっていたというわけです。

それは、今の軽井沢・中軽井沢・追分でも同様で、別荘や観光に訪れる外来の人々を迎え入れ、別荘を管理し、ホテルや旅館、ペンションなどでおもてなしをし、レストランやカフェで楽しんでいただくという、別荘業・観光業・飲食業が主たる産業となっています。

現代でも、軽井沢町民の就業者の内訳には、第3次産業従事者が圧倒的多数を占めています。軽井澤・沓掛・追分という町の形が作られたばかりでなく、界隈の産業構造が決定付けられたのもまた、江戸時代だったというわけです。

 

結局のところ、浅間三宿は、江戸時代の頃の宿場町としての土地の記憶を鮮明に内包しながら、現代の別荘地・観光地として存在しています。その現代の浅間三宿の特質を最も際立たせるためには、舞台は江戸時代であることが最適だった。

だからこそ、『浅間山ろく玄鳥記』は江戸時代を舞台に描きました。

その点、時代小説に長年親しんできたことから、抵抗なく書けたのは幸運でした。けれども、時代小説が書きたかったわけではなく、軽井沢であれば、江戸時代を舞台にせざるを得なかったということに尽きます。

例えば、京都を描くのであれば平安時代、鎌倉を描くのであれば鎌倉時代、横浜を描くのであれば明治期以降を舞台に選ぶような気がしています。

 

さて、『浅間山ろく玄鳥記』は、清浄なる美しい別荘地・軽井沢を眺めたい方には極めて不向きな内容となっています。それは最初の一章を試し読みしていただければ、たちまちにご理解いただけることと思います。

けれども、軽井沢という土地を真正面から見つめ、その土地のことを本当に知りたいと感じている方には、ぜひ手にとっていただきたい一冊です。

そこには、先祖代々、戦国時代や江戸時代から軽井沢に暮らしてこられた地元の方と接する機会に比較的恵まれたからこそ、知り得た軽井沢の本来の姿を、至らぬ筆力ながらも描けたように思います。そして、軽井沢に夏期のみならず、通年、しかも、市街地に近いところに10年近くを暮らしたことで、浅間三宿の土地の空気感をより一層感じることになりました。

一方で、必ずしも江戸時代の軽井沢の姿を描くことに終始したわけではなく、舞台は江戸時代の軽井沢であるというだけで、そこに登場する人々の姿は、現代の軽井沢に暮らし、足を止める人々でもあります。だからこそ、登場人物の一部は、軽井沢の地元や移住者の方々をそのままモデルにさせていただいています。

現代の軽井沢という土地と、そこに暮らしを営む人々の姿をより明確に表現するために、あえて江戸時代を舞台に選んだ。それが、江戸時代を舞台にした軽井沢の小説『浅間山ろく玄鳥記』です。

-浅間山ろく玄鳥記, 軽井沢, ぶろぐ
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